2023.9.29
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まなびのみなと人生記事企画vol14 西村さん

#インタビュー記事#ギャップイヤー#コミュニティスペース#ミカタカフェ#メンバー紹介#人生記事企画#大崎上島#教育

~小学生の時に、図書室で偉人の伝記を読んだ。偉人はすごくて、素敵な人生を過ごしていた。同じくらい私の周りにもいっぱい素敵な人生を過ごしている人がいると思う。~

これは私の周りにいる素敵な人に彼らの人生についてインタビューし、その人生を記事にしていく「まなびのみなと」の記事企画だ。第14回目は今年の春に島に移住し、ミカタカフェでコミュニティマネージャーとして働く西村さんにインタビューした。

彼女は広島県廿日市市出身。高校は広島市内の高校を卒業後、広島市立大学に進学した。この春、大学を卒業して大崎上島にあるコミュニティスペース「ミカタカフェ」でコミュニティマネージャーとして働き始めた。

小学生の時、彼女は基本的にインドアなタイプだった。大休憩でみんなが鬼ごっこをしようと外に行っても、参加せずに日向ぼっこをしたり、ブランコに乗ったり、外にも行かずに本を読んだりして過ごした。「人見知りだけど、めっちゃ友達が少ないわけでもなくて、仲良くなったらめっちゃ話すタイプだった」と彼女は幼少期を振り返る。

小学5年生になり「声優になりたい」という夢ができた。小さい時からアニメをずっと見ていたが、声優さんがやっているラジオを初めて聴いたことがきっかけだった。アニメの裏側の現場の話が面白く、声優さん同士の仲が良さそうだった。「こういう楽しそうなお仕事あるんだったらやってみたいかもって思ったのが最初」と彼女は語る。そこから「芝居をやる人間がこんな引っ込み思案じゃダメだって思って」と続ける。小6の時から、彼女は自分で意識して引っ込み思案の性格を変えようとした。

中学に入学してから小学生の時と比べてよく話すようになった。舞台にも興味が出てきたが、中学には演劇部がなかったため高校では演劇部に入ると決めた。運動は苦手だったが、体力をつけるためにテニス部に入学した。

高校を「演劇部が強いらしいっていうそれだけで決めた」と彼女は話す。彼女の父が通っていた高校の演劇部がすごく強く、その当時は全国大会にも出場していた。演劇部に入りたいという彼女に父は自身の母校を勧めた。「進学校だったっていうのも父親の下心的にあったと思う」と笑う。

高校で入った演劇部で過ごした時間は彼女の転換期になった。舞台をやると本当にしんどい時期もあり、楽しかっただけで言い切ることはできない。だが、毎日がすごい濃度で、全国大会に行けると決まった時は高揚感があった。また、毎年広島弁護士会の先生や他校の演劇部と一緒に、子供の権利などについて演劇をする企画があった。そこでいろんな先生と出会い、共演した先生の1人に「本当にすごいね、あなたは天才ですか」とすごく褒めてもらった。彼女は「いまだに自分の演技がうまいとは思ってないけど、その先生には刺さるものがあったらしくて」と話す。「自分の芝居を見て応援してくれる人がいるんだっていうふうに思った時が、自分にとってデカかった」と力強く語った。

演劇部の活動に明け暮れ、勉強はあまりついていけずに浪人した。高3で落ちた時は行きたい大学も特に見つかっていなかった。演劇の道に行きたかったが、私立の学校が多く、費用の負担も大きくなる。東京での一人暮らしになることも心配され親から反対された。演劇や芸術関係以外で興味があることを模索した結果「平和関係」が頭に浮かんだ。部活で原爆の演劇をやっていたことや、彼女自身が被曝三世であることがその理由だった。浪人中お世話になっていた先生に何を勉強したいのか聞かれ、平和と芸術を絡めた研究をしたいと答えた。すると、その先生が「広島市立大の国際学部に自分の大学時代の後輩がいて、興味に合致する研究内容で先生をやっているよ」と教えてくれた。「この先生のゼミに入ろうと思った」と彼女は話す。そこからやる気が出て、大学に入るために頑張ろうと勉強に本腰を入れられた。

そうして入った大学での4年間を「勉強が人生で1番楽しかった4年間」と彼女は振り返る。色々な先生の授業を通して、これまで彼女が持っていなかった視点をもらった。「価値観がすごい揺さぶられた」と彼女は言う。「何その世界、私知らないんだけどって思うけど、でも確かに世の中ってこうだよねって納得できた」と続ける。今まで「見ないように、見えないように」と、社会的に目を瞑らされていた彼女の視点はどんどん開けて、世の中こんなに大変なことがいっぱいあるのだと知識をつけられた。「なんて生きにくい世の中なんだと思って絶望した時もあったけど、そういうのを知れてinterestingの意味で面白かったし、生きる力をもらったなと思って」と彼女は語る。

アカペラのサークルと平和活動をするサークルにも所属し、コロナであまり活動はできなかったが、その中でも自分達のできる活動をした。感染対策をして、自分達で自主企画を組んで歌った。歌が好きだから、そのサークルの時間に救われた。平和活動でも、平和に関して自分でトピックを決めてプレゼンを発表するイベントなどを作った。「コロナのおかげで、自分達でなんとかしなきゃって鍛えられたし、そうじゃなくても友達とワイワイ一緒に頑張れたって言うのが、すごい心の支えになったサークル活動だった」と彼女は振り返る。

大学卒業後の進路を考える時期になり、みんなと同じようなやり方の就活がすごい嫌だった。有名な就活サイトに登録し、スーツをきて合同説明会に行く就活。そうではなく、「自分で自分が納得できそうな会社を見つけて、そこに直接アポとって就活しようと思って」と彼女は話す。しかし、興味のある会社はベンチャー企業が多く、人を雇う余裕や体制が整ってないこともあって就活先が決まらないまま大学4年の2月になった。

卒業後に1年のギャップイヤーを取ることも考えつつ、今まで調べてなかった分野にも裾野を広げた。その探していた分野の一つが地域おこし協力隊だった。地域系の仕事が多く紹介してあるサイトで、たまたま「ミカタカフェ」を見つけた。募集ページを見ていたら、「1年前ぐらいにニュースで見たことあるぞって思い出して」と彼女は笑う。「すごいいい取り組みで、やるやん広島」と思った記憶があった。東京の方に行くことも考えていたが、「東京でふわふわしたまんま行ったら金銭的に潰れるだけだなと思って。都会よりは田舎の方が自分の肌に合っていることはわかっているし、じゃあまず田舎に行ってみようかなって」と彼女は話す。応募してみたら、採用が決まった。「新卒1年目だけど、個人的な思いとしてはギャップイヤーのつもりで学びにきているみたいな感じ」と彼女は教えてくれた。

そんな彼女は、今年の春から大崎上島にあるコミュニティスペース「ミカタカフェ」でコミュニティマネージャーとして働き始めた。カフェに来た人の「こういうのをやりたいんだよね」という言葉を拾い、コミュニティスペースでのイベントに繋げたり、地域の助けられそうな人に繋げたりする。「どこまでをコミュニティというのか、まだ定まっていないけど」と前置きしつつ、彼女は応援や助けが必要な人とコミュニティと繋げる仕事をしている。

コミュニティスペースとカフェ、他の人の仕事と彼女の仕事、それらの境は曖昧で、はっきりさせるべきなのかどうかもわからない。手探りな状態で仕事をしている。

「社会人のイロハみたいなやつも特に何も持ってないし、何もわからない状態がしんどかった」と彼女は零す。仕事ってどう進めていくものなのか。未経験なことが多く、迷惑をかけながらやっているそうだ。だが、「すごい助けてもらえる環境だし、ちゃんと相談に乗ってもらえる環境」と彼女は話す。「それはすごくありがたいし、助けてもらっているなと思いながら仕事をしています」と教えてくれた。

そんなコミュニティマネージャーの仕事のやりがいは、「場づくりができること」と彼女は言う。たまたま「ミカタカフェ」という同じ空間に居合わせた人たちが楽しそうに談笑している。何人かが偶然集まった時に、そのカフェは「和やかで楽しそうな空間」に変わる。そんな笑い声を聞きつけた、隣のコミュニティスペースに遊びに来ていた高校生がちらっと顔を出してまたその空間に交わる。「そんな素敵な空間になる手伝いができているっていうのが、すごいやりがい」と彼女は話す。

島暮らしの大変なことを聞くと、彼女は「大変なことって意外と少ない」と答えた。しかし、一つ大きな困りごとは、「同年代のはっちゃけられる友達がいないこと」だという。地元の人じゃない限り、新卒1年目で島に移住している人はなかなかいない。「人に支えてもらって生きるスタイルだから、結構パンチが効いている」と彼女は漏らす。だが同時に、この島は「本当に人がめちゃめちゃ優しくて、温かくて、人の優しさにすごい救われている」と彼女はいう。同年代のはっちゃける感じを出せる人はまだ少ないが、相談に乗ってもらったり、愚痴を聞いてもらったり、そんな人はすぐにたくさん見つかった。「あ、この島いいなって思ったところ1番は人の優しさ」と彼女は笑う。

「社会問題を自分ごと化する、アートを使ったワークショップ」これが将来、彼女がスタートさせたい仕事だ。絵や写真でもいいが、自分がずっとやってきた演劇やお芝居のように体を動かしながら、「社会問題がもっと自分達にとって身近になるような時間を作り出す人になれたら、そういうのを仕事にできたらいいな」と彼女は語る。それに向けて、今できることを増やしていきたい。

彼女は「結構、我が強い方だと思う」と話す。みんなを引っ張っていくわけではないが、「これが理想だ」というものを自分の中に強く持っている。だが同時に、HSPで人の顔色や態度を気にして、周りに合わせちゃうタイプでもある。安全な環境だとわからなかったら、主張をせずに様子を見る。しかし、こだわりは強く、自分の世界観がちゃんとある。内側は柔らかいが、外側は硬い。「典型的なカニっぽい人」と自分を称して彼女は笑う。

そんな彼女が大切にしているのは「Lagom ラーゴム」というスウェーデン語だ。日本語だと「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と似ていて、「ちょうどいいが1番いいよね」という意味になる。「いろんな社会問題とか、争いとか、自分と他人との折り合いとか、政治のこととか、自分の身近なことからそうじゃないことまで色々なことを考えた時に、やっぱりちょうどいいを保つのが1番難しいけど、それが1番みんなにとっても自分にとっても過ごしやすい、生きやすい環境なんじゃないかなと思って」と彼女は語る。自分も周りも、自分らしく、居心地良く、「ラーゴム」の状態でいられるように。それが彼女の軸になっている。

「カフェに来てもらうにしろ、コミュニティスペースに来てもらうにしろ、私と個人的に会う時間であったとしても、お互いにとってそのラーゴムな空気感を作れるような人になりたいし、仕事もできるように頑張りたいって思うので、これからもよろしくお願いします」そう彼女は笑って言いながらインタビューを終えた。

〜終わりに〜

たまに「大学生活は人生の夏休みだ」という人がいるが、大学生活を「勉強が人生で1番楽しかった4年間」という鈴ちゃんがすごく素敵だと思う。知識を身につけたからこそ、この世界の生きづらさに気づき、絶望する。しかし、知識を身につけた人が少しずつ増えれば、この世界の生きづらさは少しずつ減っていくのだと思う。

そんな大学生活を過ごした鈴ちゃんが、高校生も多く来る「ミカタカフェ」にいることは大きな幸運なのではないか。ぜひ「ミカタカフェ」に訪れてほしい。

【ライター紹介】

細川ますみ。東京都出身。地域みらい留学で、広島県立大崎海星高校に進学し、2020年3月卒業。現在、青山学院大学に在学中。高校時代、「みりょくゆうびん局」という高校魅力化を推進する部活動の初期メンバーとして活動した。

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